新刊のご案内

『相互扶助のイノベーション』
失われた10年、失意の20年を受けて
混乱したマーケティングを立て直す
〜自動車販売再編期の活力向上のために〜

■事例2:IGRいわて銀河鉄道(2)(概要版)

通院利用客向け専用サービス「IGR地域医療ライン
IGRいわて銀河鉄道(岩手県盛岡市))

〜高齢者の安心を支える「アテンダント」が添乗、タクシー会社と連携して利便性を向上〜


◆お客さまの声を聞いてすぐに改善を実施

スタート後、いわゆるPDCAを頻繁に行い、サービス内容の更新に務めている。ベースとなるのが、お客さまとの接点となるアテンダントに寄せられる声や経験である。これらの情報は毎月1回のアテンダントと駅長、若手社員などで構成する意見交換会で検証され、改善点はすぐに反映している。

例えば、『あんしん通院きっぷ』の有効期間は当日のみの設定だったが、検査入院で一泊する際に使用させて欲しいという声から、2009年4月以降は2日間に延長された。通院を前提とする以上、帰りの便では医療費の領収書を必ず確認しているが、病院に泊まったかどうかまでは尋ねていない。よって、盛岡市に住む娘や孫宅に通院のついでに一泊した、友人と久しぶりに時間を過ごした等にも使われるようになり、喜びの声が寄せられている。

さらに、“今回は病院利用ではないが、買い物に行くのに電車に乗った“等、医療ラインをきっかけとした新しい需要開拓も確認されている。

盛岡駅到着後のタクシー乗換では、当初、タクシーの乗務員は改札口でお客さまの出迎えをしていたが、待ち合わせ場所を見つけられず迷子になるケースが多発した。そこで、タクシー乗務員がホームで「のぼり」を持って出迎えることとし、アテンダントからタクシー乗務員へどのお客さまが利用を希望されているのかなどの引き継ぎも行って、迷わず乗り換えができるようにした。


アテンダントが携帯するファイルには、メモや切符など必要なツールをすべて揃えている

また、アテンダントの添乗により、救急対応も可能になった。あるとき、二人用の『あんしん通院きっぷ』を購入した夫婦が乗車していたが、徐々に婦人の具合が悪化、手にしていたハンカチを何度も落とすようなった。添乗していたアテンダントは、介護施設に努めていた経験があり、異変に気が付いて「大丈夫ですか」と声を掛けた。夫は風邪薬を飲んできたから眠いだけで大丈夫と説明するが、彼女は納得できなかった。そのとき、停電が発生、電車が止まってしまった。アテンダントは、婦人が脱水症状にならないよう、用意していた水を飲ませて、運行の再開に備えた。遅れて盛岡駅に到着、タクシーで目的の病院に向かい診察を受けると、脳内出血が判明、すぐに手術が行われ、一命を取り留めたのである。ちゃんと水分を補給していたことが救命につながったという医師の説明を聞いて、後日、夫はアテンダントへお礼にやってきたという、ドラマチックな事例が生まれている。
IGR地域医療ラインのサービス認知が進むにつれ、重い症状を持つお客さまの利用も増えてきたという。そこで、救急時の対応の質を上げるために、応急手当の研修を導入した。


取材を行った2009年の7月現在、1日12〜13人の利用で定着傾向にある。ビジネスとして見れば、これ以下は避けたい、という評価である。もちろんトップは“儲からないから廃止は絶対にありえない”姿勢だという。

今後、利用者が増加すれば、アテンダントの増員や対象列車の追加も考えられる。あわせて、値下げもストーリーにある。基本的に許容可能な収支ラインを維持できれば、増収分はサービスの充実、利用者への還元に回す考えなのである。

アテンダントに寄せられたお客さまの声は、次のような賛意が多数を占めている。

・ 安心して乗れるようになった。
・ これまでは新幹線で通っていたが、金銭的に楽なので医療ラインに乗り換えた。
・ これまで夫に送迎してもらっていたが運転が不安だった。これからは電車を利用する。
・ 有効期間が2 日間となり病院帰りに息子の家に泊まれて良かった。
・ 娘の仕事を休ませなくて良くなって助かる。

地域の抱える高齢化対応への取り組みが評価されて、2009年度の「日本鉄道賞」では、25件による応募の中から、IGR地域医療ラインは日本鉄道賞表彰選考委員会特別賞を受賞した。


◆アテンダントに聞く−−−応対のポイント

3名のアテンダントから、以前は同社の嘱託として金田一温泉駅の駅務員として働いていた田中氏に話を聞いた。

駅務員時代は、特に高齢者から電車の乗り方がわからなくて不安だという声をよく耳にしていた。しかし駅員の立場では、付き添いができない。お客さまの不安が取り除けるような方法がないかと思案していたときに、ちょうどアテダントの応募が始まり、ぜひやってみたいと応募した。結果的に田中氏と他の駅で働いていた人、以前介護の仕事をしていた3名がアテンダントして採用された。

アテンダントの使っているツールは、アテンダントが必要だと思うものを揃えるように任せてられている。タクシー券で、1割引の優待チケット、名刺などである。
盛岡駅のおけるタクシーとのシームレスな連携は、当初利用を予定しているお客さまが他の乗客と改札に流れてしまい、タクシーのドライバーと一緒に探すようなことがあり、最も神経を使うという。
アテンダント3名のローテーションはアテンダントの間で調整している。

導入研修は1カ月で、もともと田中氏は駅員だったため、営業内容は把握していたが、医療ラインの考え方やそれ以外の車内の業務は、車内放送、エアコンの調整、車両構造、運転知識などは初めての経験であった。
アテンダント3名が顔を合わせることは少ないため、基本的に業務日誌で情報共有、書ききれない場合は別途ノートに記載するようになっている。

お客さまから「ありがとう」という言葉をたくさんかけられるのが達成感につながっている。駅員時代は何年やってもこれほど感謝されることはないそうだ。日々一日一回はありがとうと言われることで、気が引き締まるという。

運行を開始するに当たり、駅長から同線利用の多い近隣の高校の校長に会って、IGR医療ラインの取り組みを説明、席を積極的に譲っていただけるよう指導を依頼した効果もあって、助け合いの気風が大学生のような若い世代にも浸透してきている。高齢者に席を譲ることが定着しつつあるという。

アテンダントの姿勢で大切なことは、お客さまと目と目を合わせて会話をすることである。会話の際に、上から見下ろすようなことはしない。特に話題がプライバシーに関わるため、膝を折って話をしないと他のお客さまに聞こえてしまう。また、耳元で話をすることでプライベートへの配慮にもなる。このように使い分けをしている。

嫌な顔をする、面倒くさいから話を聞きたくないというお客さまには、できるだけ誠意を伝えていくために、目線を合わせる姿勢を続けていれば、必ず結果的に理解を得られる。“この間の話はこのことだったのか、何でもっと早く教えてくれなかったのか”と声を掛けられることも少なくないそうだ。


膝を折って、耳元で話をするようにしてプライバシーに配慮


企画を担当した同社総務部企画広報担当・米倉崇史さん(左)とアテンダントの一人、田中さん

◆自動車販売業に望みたい、移動のサポートサービス

駅まで自分で運転できないような状況にある人を、どうすればサポートできるのか。特に医療機関に行きたくても行けないような場合、第三者のボランティアが必要ではないかと思う。筆者はぜひ自動車ディーラーに、定番のCSR活動として、サポート業務を導入してもらいたいと考えている。特に中高年スタッフは、接客応対にキャリアがあって、個人的にはいわて銀河鉄道のアテンダントのように介護に直面するような世代にあたり、取り組むのに最も適合性があるのではないか。

また、モビリティ手段を提供する(クルマを販売する)のみならず、クルマの楽しさ、利便性を次の世代に広く体験させていくためにも、クルマが自由にならない世帯に一定の利便を提供するサービスを考えるべきではないか。

IGR地域医療ライン的なサービスを推進するには、線(鉄道)、網(クルマ)そして点(にぎわい空間)が連携した推進組織の立ち上げ必要になるだろう。決して行政の予算に依存せず、企業を中心とする参加メンバーは自分ができる方法で価値を最大化するように務めていく。その集合体が、地域の活性起爆剤になるだろう。



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