新刊のご案内

『相互扶助のイノベーション』
失われた10年、失意の20年を受けて
混乱したマーケティングを立て直す
〜自動車販売再編期の活力向上のために〜

■事例3:明知鉄道(2)(概要版)

沿線・鉄道資源から“アイデア即実践”、話題づくりを徹底。高齢者用福祉施設と駅を一体化した新空間を実現〜

◆鉄道の話題をメディアやネットワークで積極的に発信

明知鉄道の運営・維持を続けていくために、同社が取り組むべきは、まず増収がある。カネがなければマーケティングはできない。増収には、鉄道としての運賃収入を増やすこと、つまり利用者・利用機会の拡充であるが、実はこれが最も難しい。次に、広告媒体としての提供や観光イベントでのタイアップ等といったコミュニケーション関連がある。この成否は、「日本大正村」としての観光訴求を図る明智町はもちろん、沿線自治体との連携が大きなポイントとなる。そして駅や関連施設空間の賃貸等の不動産関連があり、期待できそうだが実は甘くない。


今井祥一郎専務取締役(明知鉄道本社オフィスにて)

地域開発と一体化した駅・駅前開発が可能な大都市部の大手私鉄と違って、明智鉄道のような地方鉄道ではテナント需要が極めて小さいのである。このように、どのような増収施策を展開するとしても、前提として、利用対象の意識を活性できるようなオリジナリティのある企画力、実行力が求められるのである。

その場合、忘れてはならないのが、沿線地域に生活しながらも”鉄道には乗ったことがない”層が少なくないという現実である。若者のクルマ離れが言われて久しいが、それは公共交通機関利用が便利な大都市の事象である。地方では生まれたときからクルマで移動する生活が当たり前であって、鉄道に乗ることじたい非日常なのである。だから、鉄道の廃止に直面したとき、行政が地域の足を守ろう的な住民運動、啓発活動を推進しても、大きな盛り上がりが起きるとは限らない。ゆえに、日頃から鉄道の存在をできるだけ日常にすること、言い換えれば沿線の生活者に意識してもらうことが大切である。それには、徹底して話題をつくる。日頃から、明知鉄道の存在をメディアやネットワークを通じて発信し続ける。これに明知鉄道は極めて積極的に取り組んでいる。

最近の例では、DMVの導入実験(平成22年3月)がある。DMVは、デュアル・モード・ビークル、JR北海道が開発している線路と道路のいずれも走行できる新しい乗り物だ。鉄道内は線路の上を車輪で走る。線路が途切れると、一般のバスのようにゴムタイヤを使って走る。これまでJR北海道の他、岳南鉄道(静岡県)や天竜浜名湖鉄道(同)、南阿蘇鉄道(熊本県)等で走行実証実験が行われており、明知鉄道もこれに加わった。実験参加に合わせて、試乗モニターの募集、記念乗車券(1日フリー切符)が発売された。このニュースは恵那市のホームページをはじめ、市民やファンのブログ、地元各メディアのローカルニュース等で多数取り上げられている。

次に具体的な取り組み例を紹介する。

(1)利用者・利用機会の拡充

地方鉄道の主要顧客は、一般的に自動車を運転できない(しない)学生、高齢者等の交通弱者である。これに観光客や用務客が加わるが、ボリュームは営業力次第ということになる。明知鉄道も例外ではない。そこで主に観光客の利用を活性するような施策に取り組んでいる。

中部地方在住の方にはそこそこの認知があるのだろうが、全国区と言うべき有名観光地が沿線には見当たらない。むしろ印象として、知る人ぞ知る的な観光資源が多い。取材に対応していただいた専務のご案内があって、団体による観光ツアーが苦手な筆者には、たいへん魅力的な見どころを知ることができた。例えば、女城主が存在した岩村城がある。自分は城郭に凝った時期があったが、恥ずかしいことに岩村城が日本三大山城という知識に欠けていた。「霧が多く発生するため、別名・霧ヶ城とも呼ばれる」そうだが、運良く?我々も訪れた日に、山城の急な斜面を包んでいく霧を体験することができた。また、こちらも初の訪問となった岩村町の本通りでは、江戸の時代感をまちの空間を通じて強く印象づけられた。全国の伝統的建造物保存地区のなかでも屈指のポテンシャルが認められよう。

これらお勧めの観光スポットがあっても、残念ながら駅から徒歩で訪れるのは難しい地理条件にあって、現実はマイカーあるいはバスがなければ観光が成立しない。駅からバスのネットワークをつくるにも、運行頻度が限られた鉄道ダイヤに合わせにくい、高齢化が進むなか、バリアフリーな乗り換え環境づくりは時間がかかる等の課題がある。このため、明知鉄道は観光スポットの最寄駅への送迎に終始せざるを得ない状況である(ゆえにDMVが期待されるというわけだ)。

◆熱心なファンに支えられ、好調なイベント列車

そこで同社では、鉄道の中で沿線の観光資源を楽しめるように、同社がハンドリングしやすい施策を積極的に推進する。最も人気を集めているのが、沿線ならではの食材を使った料理を楽しめるイベント列車の運行である。週末を中心に臨時列車として冬期以外の3シーズンにわたって運行されており、予約を必要とする。特徴は複数のレシピーから選べることだ。2011年度は、恵那市山岡町が細寒天の生産量日本一であることから寒天を懐石料理に使った「寒天列車」や、山里の四季の食材を使った「花白ごほうび列車」、「山菜列車」、「きのこ列車」、「じねんじょ列車」が企画され、予約を受け付けている。これが大人気で、週末の予約は早期に埋まってしまうという。また、列車内に自転車を持ち込んで、沿線各所をサイクリングしてもらおうという親子向けの企画「ちゃりんこ列車」も運転される。

列車内を沿線資源と連携したイベントスペース化する取り組みは、多客時を中心に実施されている。平成21年度はクリスマスに「サンタクロース列車」、正月には江戸時代から続く伝統芸能で、国の重要無形文化財にも指定されている尾張万才を楽しむ「新春初笑い万歳列車」が運行されている。

明知鉄道には熱心はファンが多いという。こうした鉄道ファン向けの施策もちゃんと用意されている。まずは「硬券」。中高年以上には懐かしい硬質な紙の切符であり、これにハサミを入れるのが往年の改札であった。ただ硬い紙質の切符を発行して希少性に訴えようとするだけではない。ちゃんとストーリーを付加して、ファン以外の興味関心を集めるように工夫する。例えば平成20年に開業した極楽駅の開業記念となる硬券の記念切符では、同駅と恵那駅および明智駅との運賃が420円であることから、420=シニゼロ切符、「長寿のお守りと事故防止」「幸せを招く極楽切符」として訴求、人気を集めた。
「気動車体験運転」は鉄道会社のファン向けイベントとしては王道である。平成22年度はゴールデンウィークに予定されており、明智駅の側線約150mで、実際の車両(アケチ14号)で往復できる。

(2)広告媒体としての提供や観光イベントでのタイアップ

明智町の日本大正村は、平成22年が大正100年に当たることから、さまざまなイベントを予定しており、明知鉄道も強力な支援を行う。

明知鉄道には応援歌が存在する。そのパート3にあたる、たぬきをテーマとした「ぽんぽこたぬきの数え唄」が完成した。大正100年の周知を高めてイベントを盛り上げるのが目的で、パート1の「大正おんど」、パート2の「明知鉄道のまっしぐら」と合わせて全国各地で広報活動に展開する。
そうだ、たぬきのキャラクターで思い出した。2010年3月から事業をスタートさせた共通ポイントサービス「Ponta」(ポンタ)のキャラクターが、たぬきのポンタである。現在はローソンを中心とする都市型サービスだが、たぬきの縁で、沿線にある商業施設、恵那市の商業施設まるごと加盟店に加わったらどうだろう。Pontaを持つ観光客が、貯めたポイントを沿線で使える、沿線でのお土産の購入でたまったポイントを日常生活域にあるコンビニで使えるようになるといった、新たな交流が期待できそうだ。


急勾配の続く路線の特色を活かしたのが「すべらないお守り」である。日本一の勾配の駅・飯沼駅では、雨の降り始めや雪・霜の気象環境、さらに落ち葉のシーズンには、車輪が滑り易くなり空転して発車できなくなることがある。そこで、車両に積載している砂をレールに巻いて、滑り止めとして摩擦を高めて空転を防いでいる。そこで、あらゆる試験の“滑り止め”として、学問の神様・菅原道真公が祀られている恵那市岩村町の巌邑天満宮で祈祷を受けた後、小瓶に入れて「すべらないお守り」として発売している。

(3)空間開発関連

一般的に鉄道新駅の設置は地元との合意形成、認可のための”各方面との調整”に時間がかかるという。また、カネもかかる。開設後のランニングコストも考えなければならない。つまり簡単ではないのだが、であればせっかくの新駅開業だからビジネスチャンスとして活かそうじゃないか。これが前述の「極楽駅」のネーミングと硬券発行につながっている。また同駅は、空間開発の視点で見ると、実はスーパーマーケット(Valor岩村店、(株)バローの運営)と隣接する立地を選んでおり、鉄道利用のチャンスを増やしている。また駅周辺では宅地の開発・整備も進んでいる。とはいえ同社では、利用者が急増する的な過度な期待は慎み、少しずつでも利用者が現れて、定着すればよいと慎重である。

「極楽駅」のネーミングは、一般公募による23件の応募から決定した。岩村町史に「極楽寺」の記載があること、建設予定地付近の字名が「極楽寺」であること、さらに「極楽」にはインパクトがあることが評価された。極楽寺は現在、同駅から数分の山林に跡地らしき痕跡を確認できるのみである。なお、極楽駅の建設には、隣接するスーパーマーケットValor岩村店を運営する(株)バローから1,080万円が寄付された。恵那市によれば、同社の伊藤喜美・相談役名誉会長は「市民の足の鉄道、多くの人に利用していただくため駅を増やし、さらに明知鉄道が繁栄するように贈呈しました」とあいさつした。2010年3月、明知鉄道連絡協議会によって、国道257号からのアイキャッチと記念写真に対応できるようにと、ホームに駅名看板が設置されている。

実際に現地を訪ねてみると、極楽駅は予想以上に小さくシンプルな駅であった。隣接するValor岩村店に隠れて、踏切が駅の存在を示していた。しかし極楽駅のホームから見ると、意外にも周囲を見渡せる景観が飛び込んでくる。鉄道利用客の目線では、“駅からスーパーに降りていく”感覚になるだろう。




田園風景に出現した極楽駅とそのホーム


阿木駅では駅舎を歯科医院に提供する
さて、空間開発ではもうひとつ、重要なプロジェクトがある。地方鉄道のように伝統はあるが生き残りをかけた経営に取り組む事業者(=明知鉄道)と、歴史は浅いが今後の日本社会では確実に市場拡大が期待される、いわば上昇気流にある事業者(=医療法人恵雄会)が、それぞれのリソースを相互扶助する形で連携を図り、新たなビジネス・イノベーションを果たした代表例として、東野駅の再開発を紹介する。


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