(2)深川江戸資料館−2

1.導入展示室

 当時の深川を忠実にイメージさせるため、総合展示室に入る前に、当時の行商人や職人、芸者、武士等の人物を等身でパネルに描き、あたかも人並みのように動線上に配置している。当時の江戸は爆発的な人口増加によって、スリが横行したほどの混みようであった(首都圏にお住まいの方なら年末のアメ横の混雑を想起してもらいたい)。ここ深川でもそうした往来の活気を感じてもらうことで、江戸にタイムスリップ前の期待感と気分の高揚を狙っている。意欲は感じるが、往来の雑踏感はそれほど感じられないというのが率直な印象である。というのも、パネルに透明のアクリル板を使い、しかも線画で人物を


図9 総合展示室 レイアウト図
表現しているため、空間装飾にしか感じられない。「マネキンやデジタル技術は施設のコンセプトにそぐわない」(同館:久染健夫氏)判断であろうが、そうした技術を駆使した展示映像に慣れた若い世代へのアピールや、気分の高揚等の目的を踏まえると、“バーチャル深川往来”であっても施設全体のコンセプトを傷つける可能性は小さいと考える。

2.総合展示室

 深川の往来の次が総合展示室である。地下と1階を吹き抜ける構造で、実物大の生活空間が都市の再現によって展示されている。まず入口で街の全体像を俯瞰し、大凡の規模や質感を感じた後、来場者があればセンサーによって鳴き声を上げる屋根の上のネコの歓迎を受けつつ、階段を降りていよいよ江戸・深川の街に入っていく。
 なお車椅子の場合、エレベータを使って入場できる。同館は江東区役所の出張所が併設された行政の建物という性格もあり、建物へのアプローチや展示室内での横・縦移動等でのバリアフリーに対応している。

 ここで復元された建築の種類は、
●商店・・米屋、八百屋、船宿、大店(油屋))
●長屋・・二棟九尺二間、九尺二間半
●飲食店・・水茶屋、屋台(天麩羅、稲荷寿司
●公共・・火の見櫓
●交通・・猪牙(ちょき)船
 などである。そして、生活空間として必須の便所、ゴミ捨て場等も再現され、秀逸だったリサイクル・システムを認識できる。

 再現された家屋だが、見える部分は原則的に現代の釘や金物を使わずに、在来工法によって組み立てられている。また板葺きの屋根、寺社や古建築に用いられる瓦等の素材にもこだわるとともに、経年劣化や建物別に質を区別する等の工夫も施された。このため、制作コストもそれなりに必要となったが、修理や復元等を踏まえ、現在はこうした伝統工法を担える専門の職人が減っていることが最大の懸念となっている。

 見事に再生された建築空間であるからこそ、屋台や水茶屋で、お菓子や天麩羅(そこまでカバーしなくてもお茶だけでもいいのだが)を実際に食べられるような、確実に入館者に喜ばれるような演出も、衛生面の維持を踏まえて頑固に排している。それに、クリンネスの面からも、展示スペースに食機能を導入するのは無理がありすぎる。同館の生命線は江戸時代の深川に限りなく近似した町空間の再現であって、その理解は復元建物の良否による。経年変化を表現した木材そのものが文化なのである。このように、環境維持に関して頑固にセオリーを守る運営の姿勢に、拍手を送りたい。

 なお、遺構類展示のセオリーどおり、それぞれの建物には住人とくらしが定義され、ストーリーが盛り込まれている。例えば、長屋で最も狭い九尺二間に住むのは政助・22歳。木更津生まれで独身、棒手振職人すなわち天秤棒で荷をかつぎ町を売り歩く商売人で、天涯孤独な地方出身者が江戸で始める商売のスタンダードである。扱っているのは、仕入れにカネがかからないアサリ・シジミである。というのも、深川はアサリが好まれ、味噌仕立てで飯にかければ名物の「深川丼」である・・・といったリアリティが盛り込まれている。他のキャスティングとしては、米屋の職人・秀次一家(女房・お久、長男・和)、船頭松次郎(独身)、読み書き・手習い・裁縫・三味線師匠於し津、木場の職人大吉・お高夫婦、八百屋の八百新・才蔵一家(女房・うめ)等、多彩な顔ぶれである。

表1 住人のキャスティング設定(1)


表2 住人のキャスティング設定(2)

 実はこのキャスティングも、当時のライフスタイルをそのまま織り込んだ設定であって、例えば長屋で最も狭い九尺二間には収入が少ない独身者、いくぶん広い九尺二間半には職人の頭クラスの夫婦者といった、当時のヒエラルキーそのままである。

 長屋の“わが家”には、長火鉢や七輪、鏡台、火縄箱のような生活道具類がすべてそろっている。これもまた当時の用具類であって、リアリティを高める要素になっている。
 冒頭にも触れたように、一部を除き基本的にはそれぞれの建物に入って、畳に上がり、当時の生活道具を手にとって体験できるオープン・コミュニケーションを採用している。また、当時の街空間の再現を徹底するため、パネルやガイドブック類は一切設置せず、現代を排している。よって、予習も知識もなく入り込んだ来場者には、興味の有無によって全く印象が異なるだろう。「なんだ、狭くてボロだったんだ」程度の認識しか持てない人もいるだろうし、「江戸の上下水道とゴミリサイクルは徹底していたんだ」「やっぱり収入によって家の広さが決まるのは今も昔もいっしょだな」と断片の知識を結合しストーリーを組み立てられる人も出てくる、といった具合である。ただし、せっかくの有料来場者である。楽しんで知識を得てもらいたいのは運営者の根本的な願いに変わりない。そこで、ガイダンスには同館の8名の職員と元教師だったという契約ガイドが常駐し、質問等に対応している。ボランティア採用には否定的で、その理由について、高質なガイダンス内容とその安定こそが来場者への責任と説明している。

 この展示空間は、建物を見学するに終始しないよう、音と光の演出が工夫されていることは既に紹介した。
 その体感効果は今一歩という印象を持ったが、内容自体は非常に考えられており、深川を逸脱しないよう連動が図られている。まず、日の出とともに、館内の照度がアップされ、朝の光に館内は支配されるとともに、「あさりーしじみョッ しじみーはまぐりョッ」等と棒手振りの声が聞こえてきたと思うと、長屋の空間を一巡する。すると、長屋の台所から朝食を用意するおかみさんの包丁の音が響いてくる。そうこうしていると、だんだん照明が落ちてきて夜のとばりに包まれ、船宿に灯がともるようになるーーというシナリオだが、行商人のかけ声等は実際の深川ならではの言い回しを採用し、深川のリアリティを確保するという案配である。また、猪牙(ちょき)船と火の見櫓は、大川(隅田川)が物流・交通の要衝だった事実を教えてくれるが、背景となる壁に『隅田川両岸一体』(葛飾北斎)等の図画を参考に、大川の規模と対岸の様子がわかるようなペインティグが欲しいと感じた。ここに照明によって朝日、夕日等を組み込み、船宿のにぎわい音と合体すれば、さらにリアルな雰囲気を醸すだろう。
 こうした演出を同館では「情景展示」と位置づけ、伝統工法によって再現した街並みと相まって、「楽しさと郷愁による江戸深川の追体験」を可能にするとしている。

3.企画展示室

 総合展示室に隣接するスペースが企画展示室であり、総合展示を保管する内容である。テーマは「江戸・深川の町と長屋の暮らし」。模型、パネルを中心素材として、深川の歴史や江戸庶民の長屋での生活等について、認識を新にできる。総合展示室における歴史表現の学術的背景をここで確認できるわけだ。

 以上の展示を体験した後、再度出口の階段を上り、ロビーに戻る。なおロビーの一角には、ビデオシステムが設置されており、「深川今昔」と題したプログラムを選択できる。同館によれば、このソフトが展示の総論的な役割を果たすという。つまり、具体的な深川空間を体験した後に再認識による知識の定着を図ろうという位置づけであろうが、ビデオ自体それほど目立たず、また入館時に見ようが後でチェックしようが自由に選べるため、そうした効果は期待できそうもない。同館は、実際の総合展示を見た後に得た知識を企画展示等を通じて再認識してもらおうという動線コンセプトを強調するが、むしろ展示内容のアウトラインを認知した上で、具体となる総合展示=都市空間の再現を経験した方がインパクトが強いのではと感じた。ゆえに、アプローチにあたる導入展示室での当該ビデオ鑑賞をMUSTとする、あるいは企画展示ゾーンをエントランスとする等として、現代から過去へ向かうゲートと位置づける。そして、出口の方で往来する深川の人々=長屋の住人達と別れを告げて現代に戻る、といった事前知識の入手と検証後のタイムスリップ感のアピール展開の方がわかりやすく、楽しめるのでないかと思う。

図10 企画展示の内容を紹介したパンフレット



表3 展示室の位置づけと動線演出

 企画展示の内容はとてもわかりやすく、時代劇ファンとしてある程度の認識を自負していた著者にとっても、非常に参考となり、また見識を新にすることができた。それも短時間の間である。これで、最初に深川の歴史や江戸深川庶民の生活を理解した上で実物を体験できれば、「情景展示」はさらに効果的であろう。 

●秀逸な編集のガイドブック
 ここで入手できるおみやげとしては、「絵はがきセット」を推薦できる。いずれも、素朴なデザインで深川の風俗が織り込まれている。10枚1組で300円というのも評価できる。惜しむらくは、はがきの表面に同館のロゴがばっちりと印刷されていて、メッセージを書いた場合に邪魔になる点である。絵はがきだから絵だけをアピールしたいのであろうが、実は「深川江戸」という記号もまた、重要なビジュアル・メッセージとして解釈できるのである。

 もうひとつ、これはお土産ではないが、受付カウンターで販売している同館の公式ガイドブック『深川江戸資料館』は絶対に購入を勧めたい。施設の内容理解が単純なハード説明ではなく、時代背景や深川の郷土史を含めてわかりやすくそして複合的に解説されている。さらに、情景演出の設定は読み物としても十分に楽しめる。これで400円というプライスは相当に歓迎すべきである。実はここに収録された内容が、企画展示とリンクされているのだが、仮に見逃したり消化不良の状態であっても、帰宅後ゆっくりと訪問時の気分を味わいながら内容の的確に理解が可能になる。ぜひ、購入をお勧めしたい。

図11 絵はがきセットのパッケージ

図12 絵はがきセットに収録されたイラスト例 

図13 公式ガイドブックの内容(1)



図14 公式ガイドブックの内容(2)



●その他の機能
 2階は300名収容の「深川小劇場」で、一般利用が可能だ。月例の落語会や長唄、三味線の発表会等日本の古典芸能系のイベントが多いが、ピアノの発表会や音楽会など、コミュニティスペースとしての利用もある。 

●地元中心にコミュニケーション
 同館は運営的に東京都江東区の公共施設である。従って営利性よりも、実用性を評価している。誰でも、気安く来館し、テーマを体験してもらおうという性格だ。そのため、自ら動員のためにプロモーションを行うとか、固定化のためのインセンティブ・プランの導入等はほとんど志向していない。
 現在の広報手段は江東区報等の公共メディア、あるいは同館の作成する「資料館ノート」と呼ぶ広報誌等が中心になっている。マスコミ露出は大きなイベント(企画展)が開催される場合に、新聞社に取り上げられる場合に限られる。よって、正確な調査結果ではないが、口コミによる認知が高いと仮説している。

図15 資料館ノート

 実際の来場者のほとんどは東京23区内からで、このうち地元・江東区が占める割合は2〜30%に過ぎないという。年齢層は50〜60代が中心で、男性:女性は4:6となっている。同館では、近隣の清澄庭園とセットで、深川寺町散策として尋ねたというパターンが多いと見ている。

この他、小中学校の社会見学も多く、区内の学校の場合は入場は無料となっている。最近は、子供連れや外国人の来館が目立ってきているとのことだ。また、江戸東京をテーマとする団体旅行のコースに設定されることもあるそうだ。

 開館当時は年間24万人の入込で、相当な混雑が続いたが、現在は約11万人で落ち着いている。財団法人江東区地域振興会の集計によれば、平成10年度は106,914人の展示室利用があり、このうち個人が67,753人、団体が24,930人であった。また、レクホール・小劇場の利用件数は合計993件となっている。動員数にはそれほどこだわる様子はない。現在の規模が最適という見方さえあるようだ。というのも、展示室にはトイレが1箇所しかない等の制約があり、当初の来場規模では対応しきれないのだ。そこで不快な経験を与えると、リピートも好感的な口コミも期待できない。ゆえに、施設の規模と機能に応じた現在水準での定着を図りつつ、展示に工夫を凝らし中身を充実させる戦略にある。

 規模はシンプルでも、濃い内容がぐっと凝縮した深川江戸資料館。時代が変わっても、江戸・深川の庶民の元気のいい人付き合いの系譜が、いつまでも体感できる空間であることを祈る心境である。

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