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『相互扶助のイノベーション』
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〜自動車販売再編期の活力向上のために〜

■事例4:岡山県笠岡市 介護船「夢ウエル丸」(3)(概要版)

〜“海と島は宝”、93年に市の自主事業としてスタート 7つの離島、10カ所の拠点を回り介護サービスを提供


◆島の福祉振興は市域全体のレベルアップに

笠岡諸島は笠岡市のアイデンティティであり宝とする認識によって、「島をなんとかしなければ他の地域も支えられない、最も恵まれていない地域を支えられなければ、他の地域も支えられない」。これが笠岡市の福祉に対する基本姿勢である。島の振興は「島おこし海援隊」、行政で言えば「企画課」「離島振興班」的な組織が主導する。市の職員が島民になる。毎日、島に行って、島を拠点に生活して、島民や島の団体とコミュニケーションを持ち、島起こしのチャンス発見を10年間継続してきた。その成果が、NPOの創立をはじめ、移住者の斡旋、北木島における島内路線バスの整備などで、各島での住民ニーズを掘り起こした結果でもある。市のどこの部署にも所属せず、縦割りの垣根を越えて事業に取り組んでいる。子育て支援を例にすると、教育委員会の理解を得ながら、未就学児の通う幼稚園と保育園を一体化して運営する施設を4年前に飛島に整備した。


お話をうかがった同市健康福祉課(09年9月の取材当時)・網本善光さん

今後、介護に関する施設サービスは陸上に設置、夢ウエル丸は介護予防の果たす役割を果たしていくことになる。顔見知りであっても顔を合わせて、入浴して体操や食事で楽しい時を共有するサロン的なコミュニティスペースになる。その程度にしかならないのか、との批判もあるそうだ。スタッフが送迎を行う夢ウエル丸は、在宅で自由に介護のサービスが受けられない高齢独居の人でも、家から出てサービスを受けられる。定期的に安否の確認ができるのも、夢ウエル丸ならではの機能だ。7つの離島に、福祉の拠点が機能する日まで、引退するわけにはいかないのである。島民の相互扶助の中で介護事業が立ち上がるその日まで、夢ウエル丸は今日も港へやってくる。

【スタッフの中塚俊夫さん(40)に聞く】

両親が白石島の出身で、里帰りするような感覚があり、高齢者と触れ合うのに最初から抵抗はありません。島弁と言われる独特な方言があって、島によっては少し関西弁が混じったところもあり、島によって若干異なります。当然、気質も違っていて、きつい感じが強い島もあれば、穏やかに時間が過ぎていくような島もあります。

運航がスタートしたころは、市の船だということで、スーツ着用で来た、風呂があるのに風呂に入ってきたといった緊張もあったようです(笑)。桟橋まで見に来るが乗船には躊躇するなど、敷居が高かったようです。それから婦人会や老人会を通じての口コミや、職員が一軒一軒パンフレットを持って説明に回るなどして、認知が進みました。


中塚さん。夢ウエル丸の事実上のリーダーである

僕が乗り始めた平成7年当時、夢ウエル丸を知っていても、“船に頼まないと自分で世話ができないような不器用者”といった世間の厳しい目があったようです。そこで、明るく声をかけて誘うように心がけました。ベッドから動きたくない、風呂なんて入りたくない人には、いろいろな話題で和んでもらうようにしました。最初は難しい顔をしていたおばあちゃんも、“あんたが誘ってくれるならいこうかね”と笑顔を見せてくれるようになりました。今は約200人の相手をしていますが、人間関係ができています。

もちろん最初は名前が覚えられず、同じ名字が多く名前のメモを取ったり、さりげなく写真を撮って顔を覚えたりしました。どんな会話をすると盛り上がるか、世間話以上のトピックスを頭に叩き込んでいます。データブックを作って事前に確認していましたが、今はほとんど頭に入っています。

具体的な部下や後継者は残念ながらいませんが(笑)、この世界は飛び込めば誰でもできるようになります。私もまったく違う仕事をしていました。本音を言うと、車椅子を押すことさえ嫌でした。迎えに行ったら、汚物にまみれになったままのお年寄りがいて、入浴に船まで連れてきたこともあります。もちろん洋服は汚れてしまいました。これがある意味、デビューなんですね。洗えば落ちるからと気にならないようになりました。やればできるんです。認知症の方がお風呂だと思って便器に入ろうとした時は、僕が便器に手を突っ込んで、これは冷たいよ、水だからだめだようとわかってもらい暖かいお風呂に誘導したこともあります。

地域の出身かどうかはあまり関係しません。近すぎるとかえって難しいでしょう。僕は親が島の出身とはいえ、僕自身は市内で育ちましたから、島の人がするとよそ者だけど邪魔にはできないような微妙な距離感がよかったと思います。

お年寄りはいろいろです。風呂に行かない、と連絡が入って迎えに行くと、完全にへそを曲げていて絶対に行かないという。他人がいるところには行きたくないと主張する人もいます。深入りしすぎず、かといって相手にしないのではなく、声をかけてちょっとした会話で、浅すぎない関係が理想のようです。

利用は平均して一回20人ほどで、小さい島ですともう少し少なくなりますが、ほぼ15人から20名が利用されます。午前中はお風呂と決まっていますが、終わりは特に定めていません。高齢者には自分のタイムテーブルがあるようで、朝の農作業の後、船に来て入浴、休憩して食事をして少々休憩、そろそろ仕事しないといけんねと言って14時頃にはみなさん帰宅されます。

利用者がいちばん楽しみにしているのがお風呂です。なかには夢ウエル丸が寄港する月に2回しかお風呂に入れない方もいます。入浴のスケジュールは僕が管理しています。船に連れてきた順に入ってもらいます。重なったときはいつまでと説明して待ってもらいます。というのも、今日来たこの時間を感覚的に把握してもらい、次も同じ時間に来てもらうようにしているからです。

親睦交流室では、テレビやビデオ鑑賞をしています。WBC(ワールド・ベースボール・クラシッック)の時には、みんなで応援しました。また「六甲おろし」の体操や、舞台役者や演歌歌手を招いて一緒に歌ったりするなど、イベントスペースになっています。

食中毒防止のために食事の持ち帰りはありません。もちろんインフルエンザ対策で消毒液を用意しています。

船が着いたことは、携帯電話で直接連絡することもあります。高齢者はたいてい携帯電話をお持ちで、逆に僕の方へ直接連絡が入ることもあります。

家族や隣人には悪態ばかりで、ヘルパーにも厳しい態度をとるようなおばあちゃんが、僕の顔を見ると笑顔を見せてくれることもあります。毎日が驚きばかりで、帰宅すると爆睡ですね。

“おにいちゃん、これから福祉はどうなるの”と聞かれたことがあります。不幸の不、苦しむの苦、死ぬの死ではない、いい福祉に一緒にしていこうねと話しています(談)。



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