4.江戸体験施設の訪問記

(1)東京消防庁 消防博物館

【施設概要】
●運営主体 東京消防庁
●正式名称 消防防災資料センター消防博物館
●開館 1992年
●延床面積 4,062平方メートル
●住所 〒160-0004 東京都新宿区四谷3-10 
  電話03-3353-9119
●開館時間 午前9時30分〜午後5時  
  図書室は水・金・日の午後から
●休館日 毎月曜日・年末年始
●入場料 無料
●ホームページ http://www.tfd.metro.tokyo.jp/bosai/museum.htm
図1 消防博物館の外観

図2 馬牽き蒸気ポンプ

図3 フロアの構成


 今回の特集では、江戸・東京に関連する施設を集めてみたが、なにも江戸東京博物館のように「江戸」がそのままネーミングされていなくても、関係の深い施設が存在する。そこで、“火事とけんかは江戸の花”、をコンセプトに「消防」と「警察」に注目してみた。

 まず、新宿・四谷にある「消防博物館」を紹介しよう。
 立地は、新宿通りと外苑東通が交差する『四谷三丁目』交差点にある。ちょうど、地下鉄丸の内線と直結した立地だ。建物は10階建で、四谷消防署を併設する。屋上には消防用の赤いヘリコプターが置かれ、アイキャッチとなっている。実は筆者は5年前からこの街に暮らしているのだが、以前から気になる施設ではあったものの、訪問は今回が初めてである。
 率直に言うと、消防のテーマだけではそれほどの内容が集まらず、入場料無料ということから、昔使われていた消防自動車を展示した程度のものと勝手に想像していた。しかし、実際には、ハードウェアの保存だけでなく、消防の歴史から防火・防災の知識までを幅広く習得できる、きわめて充実した展示と構成を楽しめる博物館であった。

■5階から地下へ向かう見学動線

 交差点に面したエントランスで目に飛び込んでくるのは、2頭の馬が引く「馬牽き蒸気ポンプ」の原寸大模型である。その右側に受付カウンターがあり、スタッフの女性に「博物館のご見学ですか?」と声をかけられた。「はい」と答えると「ではこちらのパンレットをお持ちになって、エレベーターで5階にお上がりください」と優しく案内する。この時点で、5階?5フロアもある?という実状に少し驚いた。
 5階は「江戸の火消」ゾーンである。エレベーターを出るとすぐに纏の原寸大模型がガラスケースに収蔵展示されている。これは「い組」の纏だそうだが、実はどこにも「い」とは書かれていない、真っ白な纏である。説明を読むと、模様の上の丸い玉は芥子を、下の四角が升を表し、二つ合わせて「けします」なのだそうだ。消防のような緊急時でもユーモアを忘れていないとは、さすが江戸っ子、洒落好きだと感心する。

 見学の冒頭から江戸文化の粋に触れたようで嬉しくなって、そのまま展示室へ進む。フロアは全体的に薄暗い照明で、その中央にはジオラマの模型を設置、周囲の壁に沿って配置されたガラスケースの中に、「武家の火消し」「町方火消し」等のテーマに従ってお触れの札や錦絵、当時使用していた火消し道具等が展示されている。大岡越前守の直筆の書も展示されていた。

 ここで圧巻なのはまたもや纏である。いろは48組・本所深川16組の纏が、1/2縮尺で復元しそのすべて展示している。全64組が江戸市中でどのように分担していたのかといった説明もわかりやすい。すべて纏のデザインが違うのも興味深かった。ただし、4列に並べた置き方では、奥の纏は見えにくく、さらに纏コーナーだけの明暗と火事を想起させる赤色の照明演出がさらにで見づらくさせている。角度やガラスケースの形状等に工夫が欲しい。

図4 5階の展示風景
(同館のウェブサイトより)




図5 町火消しの消火活動
(同館のウェブサイトより)


■人形浄瑠璃が再現する「江戸の火消しコーナー」

 纏と並んで、もう一つの目玉が江戸の街を再現したジオラマである。上に3面のモニターテレビを設置し、ボタンを押すと、人形浄瑠璃が火消しの活躍を情緒たっぷりに解説してくれるプログラムが始まる。そこには実写も組み合わせ、ジオラマにも照明によって緊迫した雰囲気を演出、命を投げうって火事から街を守った火消し達の活躍を臨場感たっぷりに紹介する。火消し姿に変身した人形が、操っている黒子と一緒に3面の画面を飛び回るのは、なかなかの迫力であった。

 ただし、日本の古典芸能が好きな私のようなタイプにはアピールしても、全く興味のない人にはそれほどアピールしないようだ。というのは、一緒に見ていたサラリーマン風の男性は、途中でつまらなさそうに離れてしまったからである。確かに、浄瑠璃の独特の言い回しやリズムは、現代風にアレンジされているとはいえ、大衆には少々敷居が高いのかもしれない。それでも、現状の演出を評価したいと思う。一定の知識欲がなければ、資料館、博物館を見ても何の楽しみもない。少なくとも価値を理解しようとする人を優遇すべきだ。基礎的な知識を認識させる方法は、空間に依存しなくてもメディアで十分だろう。博物館は、空間の展示物=情報等の共有体験なのである。エチケットとして、歴史や文化を受け入れる心構えが必要なのである。まあ、入場無料だから、そうした来館者ばかりではないだろうが、いつのまにか人形浄瑠璃がアニメに変わることのないように祈るばかりである。

■消防の変遷を歴史事実と対照して展示

 4階は明治から昭和にかけての消防の移り変わりをたどる、「消防の変遷」がテーマである。5階よりも明るい照明で、明治時代の消防服、火事の模様が描かれた錦絵などがガラスケース内に展示されていた。また、フロアの中央には発展してきた消防道具の実物が置かれ、徐々に近代化されていく様子が分かる。
 なお、明治から昭和にかけての最大の災害である関東大震災と第2次世界大戦の空襲被害への消防活動については、それぞれについて、ビデオと展示で詳細が紹介されていた。

■アミューズメントパーク的な3階は子供の利用を意識

 4階までは歴史資料館としての正統的なアプローチだが、3階「現代の消防」コーナーになると、うってかわって、アニメーションやCGを駆使した映像やゲーム中心のアミューズメントパーク的コンセプトが支配する。まず、カラフルな色使いで作られた街が目に飛び込んでくる。ボタンを押すと、天井からぶら下がっているモニターにアニメーションが流れ始めた。
 ・・・夜中、就寝中に子供が「おかあさん、部屋が燃えているよー!」「きゃあ大変!」と大パニック、その騒ぎを隣家が気づき、大慌てで119番へ通報、「た、たいへんです!」「火事ですか、救急ですか」「火事です」「それでは住所を言ってください、目標物となるものはなんですか」と落ち着いているがてきぱきとした管制官が応対。そして消防士たちに出動命令が出され、すばらしい連携で火が消し止められ、けが人が病院へ運び込まれる・・・・。
 こうしたストーリーで消防活動の流れが再現される。実はモニター以外にも、家や消防署の模型それぞれに小さな液晶画面が設置されていて、モニターに映し出されているアニメーションに対応する。燃えている家の液晶画面には助けを求める姿が、消防署では管制官が応対している姿が表示される。そして、消防車は消防署の中からレールに沿って出てきて、火事になっている家の前で停まると、家の前の木がくるりと回転し、勇ましい消防士がホースを持っている姿に早変わりする、というアトラクションを体験できる。確かにこれまで見学してきた5階・4階との違和感を感じるが、ここは子供たちに消防活動と防火・防災の知識をわかりやすく教える場として理解すれば、それなりに楽しめるようになる。

 パソコンを使ったQ&Aコーナーでは、消防をテーマとしたクイズが出題されるが、これが結構難しい。私は5問中2問も間違えてしまった。
 また、モニターが4つ付けられた巨大な白いカプセルを舞台に、ゲームが楽しめる。例えば、トラックマウスを使って消防車を火事現場に向かわせる迷路ゲームである。これまた結構難しく、途中まで行くと「工事中です」だとか、「ここは一方通行です」のようなアクシデントが用意され、なかなかたどり着けない。そうなると、到着した頃には既に火事は延焼していた。ゲームでよかった・・・。
 このモニターの位置は非常に中途半端である。大人には高く、子供には低い。白いカプセルにこだわった結果であろうか。こうしたインターフェイスの曖昧さは、アルコールランプを使って火が燃える仕組みを実験するCGでも共通する課題である。この場合、20センチ幅の、横に細長い隙間から除く仕組みだが、小さい子供には少々高いと感じる。大人が試すと、中腰を余儀なくされるため、見終わった頃は腰が疲れてしまう。
 この他、パネルや写真で消防活動を紹介していて、子供の社会科見学にはうってつけのゾーンである。
 



図6 パンフレットと
「ファイアーくん」が押してくれたスタンプ

■大正期からの消防自動車を実車展示

 2階はスタッフルームで、一般は入室できない。そして、1階に降りると、エントランスから地下一階までは吹き抜けになっており、消防ヘリコプターが天井からつり下げられている。このヘリコプターは昭和57年まで現役で活躍していた。また、地下から1階にかけては、はしご車から自慢のはしごが伸びている。いずれも、高さを利用した展示である。
 地下に降りると大正期から昭和期にかけて使われていた消防自動車がずらりと6台展示されていた。クルマ好きが見たら大喜びしそうなラインナップである。通常は車に触れることはできないが、99年秋に行われた記念撮影会では、大正から昭和にかけて活躍した消防クラシックカー「スタッツ消防ポンプ自動車」に防火服や制服など気に入った服を着て乗車、記念撮影ができるという催しがあり、親子連れなど140組が参加したそうだ。

図7 お薦めの土産・
家内安全・火の用心の豆半纏


■消防そして江戸の認識が広がる企画展示

 ここの奥は「ミュージアムショップ」が設けられており、この消防博物館のマスコットキャラクター「ファイアーくん」の人形が目印だ。おなかの部分の差し込み口に、パンフレットを入れると、裏のスペースに見学記念スタンプが押される仕組みで、なかなか可愛い。子供たちの人気を集めるのは確実だ。
 ミュージアムショップは狭いながらもTシャツやキーホルダー、鉛筆、ポストカード等の定番グッズが多数を占めていたが、防災グッズや非常食、緊急時の心得など消防博物館ならではの商品も選べる。

図8 同・火消しの錦絵
 目を引くのはやはり江戸ものである。纏のキーホルダー、火消しの錦絵の絵はがき、豆半纏などがショーケースの上に飾られていて、どうやらメイングッズとなっているようである。当誌の推薦は、家内安全・火の用心の豆半纏(330円)と火消しの錦絵1枚(100円)である

 この他、10階に展望休憩室、7階に図書資料室、6階には企画展示室・映像室がある。企画展示としては、99年11月〜12月には「幕末・明治初期の浮世絵師・豊原国周の描く江戸火消展」が、99年末から2000年2月には「2000年新春 出初め式に見る江戸・東京展」、そして2000年3月末まで「語り継がれる悲恋−八百屋お七展−」が開かれていた。このラインナップを見ると、この博物館では消防はもちろんのこと、「江戸」についても認識を新たにできそうだ。
                              (訪問日 2000年4月14日 取材:池上)



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